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駅ノート的ゲストブック

駅ノート 足跡帳みたいなものです レスが遅くなることがざらにあります

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2005/06/19 15:13   ヒゲ  
楽天支部の紀行、楽しませてもらっています。
また、あれを、一つにまとめて提供してくれませんか?
もちろん気が向いたときで結構です。

2005/05/25 18:07   管理人でーら  
近所の古本屋を当たってみたんですが「東京の昔」は見つかりませんでした。
ぜひ明日お貸しください。

2005/05/25 15:14   管理人でーら  
 あの吐き気はストレスというよりは、一種のカルチャーショックを受けて自らを見つめなおしたときに、何がなんだかわからなくなったからのような気がします。これもストレスと言えばストレスなのでしょうか…。

 ちなみに吐いた(といっても胃の逆流運動だけで実際には胃液すら吐いていませんが)時に、裏の方では"これは使える!"と思っていました。それで一連の流れを読み物風に仕立ててみました。セリフが少しいいかげんなほかは全部事実(のはず)です。

2005/05/25 01:57   ヒゲ  
楽天支部、楽しませてもらいました。
ご本人は嘔吐するのほどのストレスでもあったのでしょうが、
ネガティブを含めばこその味わいがありました。
こうなったらどうしても『東京の昔』(吉田健一)を読むといいと思われます。
手にはいらないようなら、喜んでお貸しします。
あの一冊には、貴兄にふさわしいぜいたくな東京暮らしが記録されています。

2005/05/24 02:10   管理人でーら  
いやぁ緊張して寝られないッス。

2005/05/24 02:10   管理人でーら  
古い歌を知っているのは、時系列(時間)を超越して生きているから…というよりかつてよく親と一緒にカラオケに行ったから古い歌を知っているのと、新しい歌というものを聞かないし、聞いても覚えられないからだと思います。古い歌もサビだけどこかで聞いたとかそんな感じで、歌詞なしでフルに歌えと言われたらもうダメです。そんな具合ですので有楽町そごうデパートのCMだったなんてしらな…あれ、どこかでそんな話を聞いたことがあるようなないような…。これが"日劇のCM"だったら"まじですか?!"となるでしょうが、"そごうのCM"と見たとき、"ああ、そごうね"と納得できてしまったので、やはりどこかでその話を聞いていたのかもしれません。ちなみに"有楽町のそごう"といわれても何の事やらわからない世代です。

大学のキャンパスって自由に入っていいものなんですね。そういえば北大でもかってにブラブラしていた記憶がありますが…。小中高校は入構するのがえらい厳しいってのに、この違いはなんなんでしょうね。

千駄木の件は詳しく決まり次第追って報告いたします。

2005/05/24 01:48   ヒゲ  
そうですか、千駄木あたりで暮らしますか。そりゃいいですね。
上野の博物館や美術館を堪能して過ごすにも便利。
ほどよい下宿、いいオバサンと出会えるのも、貴兄の人柄の故。
よかったじゃないですか。
そのうち、日暮里駅から千駄木への接点、夕焼け段々あたりで落ち合って、
あのあたりで飲み食いしましょう。
私はときどき、あのあたりで酔いどれてます。
朝倉彫塑館は、きっと楽しめます。その真向かいで出会える薬膳カレーは
きわめて良質な食い物です。
吉田健一が書いた『東京の昔』。あれは本郷あたりで下宿暮らしの味わいです。
あの本には、本当の豊かさの一面が漂っています。
明治学院のチャペル。大丈夫、よほど怪しげでなければ自由に出入りできます。
いちおうは大学のキャンパス内の建物なのだから、大丈夫。
明治学院大学の学生のフリしてのぞいてみてください。
さても古い歌を知ってるのはなぜ?
あなたを待てば、が、今はなき有楽町そごうデパートのCMソングだった
という歴史的事実、知ってますか?



2005/05/23 22:17   でーら  
 そうでしたか。思えば今の日本は高度成長期からみれば大分マシになったとはいえ、かなりもったいないことをしている世の中だなぁと思います。バブルの頃ほど地上げがひどくないにしても、新しいマンションなんかは周囲のことをまるで考えずにどんどん建設されるし、歴史ある家も古くなったらからと(リフォームすればそれなりに住めるのに)壊して建て直される。公共建築はだいぶ保存されるようになりましたが、私有物件レベルではまだまだです。靖国通りの九段下からちょっと神保町寄り、首都高5号池袋線(?)の脇に九段下ビルという昭和初期の雑居ビルがあるのですが、これがまた独特の味わいを醸しだしています。このビルもバブル期には地上げで取り壊される話があったそうです。今となっては"残ってよかったね"ですが、これから先どうなるかはわかりませんね。ちなみに最近は"マンションを造ってもそれなりに売れてしまう"土地バブルが続いているらしいです。とかくマンションを巡るトラブルが耐えないのは、地味に地価が高騰している(というか業者が高く買っている)ということがあるようです。

 で、明治学院のちゃぺるなんですが、これは自由に入れる(部外者が立ち入ってもいい)のですか? 東京メトロのスタンプ集めのついでにでも行ってみようかと思います。



 楽天支部にも書きました(これから書きます)が、たぶん千駄木の下宿風アパートを借りる見込みです。心機一転頑張ります。 

2005/05/23 16:07   ヒゲ  
豪邸? そうですね、豪邸とまではいえませんが、しっかりした、それなりお金のかかった家でした。
祖父が1935年に建てた家。「当時の金で1万円だった」と自慢してました。
半地下1階、地上3階と書きましたが、ちょっと見栄含み。最上階は少々しっかり造られた屋根裏。
子どもにとっては最良の遊び場でした。楽しい隠れ家でもありました。
あの家は私が高校生のとき、1966年ころに、国道一号線の拡幅にともない壊されました。
いまにしてみればもったいないですねえ。祖父の友人であった大工の棟梁の作であり、
木材もしっかり吟味されたものだったらしいだけに、
メンテナンスさえしていれば今もちゃんと建っていただろうと思います。
そんなことは決して許されなかったのが、戦後の高度経済成長期のこの国でした。
この国にまともな文化が培われるのは今後のことだと思っています。江戸後期の爛熟に負けぬ、
それよりも心深くて愛に満ちた文化。そんな仕事をするにふさわしい人々が、
苦吟しながら育ちつつあるのが今という時代だと思っています。
建物は時代を見事に映していますね。いちど明治学院のチャペルを訪れてみてください。
あれはなかなか良質なタイムカプセルです。私の祖父の家は、あのチャペルが丸見えの
都電通り沿いにありました。

2005/05/21 00:10   管理人でーら  
 ヒゲさんは随分すごい豪邸でお育ちになられたのですね。その建物は今でも残っているのですか? やはり木造で三階建て以上というのはなかなか迫力ありますよね。

 僕は戦後の建物には詳しくないのですが、戦前のビルならある程度わかるようになってきました(最低限戦前か戦後かくらいは分かるつもりです)。西洋の模倣に明け暮れた明治時代はコンクリートが無かったのでレンガや木材で瀟洒にまとめられています。有楽町、東京、神田辺りの省線ガードはその頃のものではないかと思います。大正も10年くらいになるとコンクリートが導入される。代田橋の和田掘浄水場だとか、御茶ノ水の文化学院あたりの建物ですね。それで昭和に入ると多分に装飾の要素が大きくなる。安田講堂や北大農学部など、帝大のシンボル的な建物はほとんどこの昭和ヒトケタの時期に造られています。一見するとレンガ作りのように見えますがこれは飾りで、中に入ると堂々としたコンクリートの建物であることが分かります。窓の形も西洋風にも似た絶妙な間のとり方をしてあって面白い。
 当時は建物の強度などに関する細かい計算ができなかったのでとにかく余裕を持って建築されていました。だから旧日劇のように、劇場を広げるために柱をきってしまうような改造にも耐えられたのですが、現在のビルは高度な計算処理で設計されている分、余裕が全く無い状態です。余裕を持った設計で立てられた戦前建築はあるいは堂々とした印象を与え、あるいは息苦しさを与えた。戦後建築はあるいは軽薄な印象を与え、あるいは光度的に明るい空間を作り出した。建物の雰囲気は確かに、時代の鏡と言えるでしょう。

 木造の建物はあまり見ないのでよくわかりませんが、やはり戦前の建物は全体から細部に至るまで本当に手が込んでいます。全体の設計―それも屋上や裏口など人目につかないところを含めて―はもちろんのこと、玄関から敷石から天井から階段の手すり一つに至るまで、こだわりをもって造られています。なにより基礎の部分が見もの。新しい建物では上のほうはよくデザインされていても足元を見るとなんだか寒々しいということがありますが、人には見えない部分であってもしっかり、しかもなんとなく優雅に造られているように思えます。ちなみに、古い建物なのか、レトロ調の新しい建物なのか分からない建物があって、どちらなのかを知りたいときは建物の裏手に回るとわかります。
 さらには昔の建物には表裏というか外と内というか、そういうものがなくて全部でひとつになっている。というより昨今の建物が外見は上っ張りにすぎず、中は中、という建て方である気がします。強度的にはそれでもいいのかもしれませんが、今は"デザインはデザイン、技術は技術"という感じがしてどうも好きになれません。建物に対する愛着と言うか誇りと言うか責任みたいなものが浅い気がします。それはとりもなおさず、"全体的に物を見る目"を我々が失ってきている―あるいは通しで見るにはこの世界全体が煩雑になりすぎている―ということなのかもしれませんね。

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